エピソード76:台風

  今でこそ、来たるべき南海トラフ大地震への対策が大いに叫ばれているが、昭和時代は地震より台風の方が身近な危険だった。子どもの頃に読んだ防災の冊子は、高知県に大型台風が襲来して甚大な被害をもたらすという設定だった。台風銀座と呼ばれたのはもはや過去のことなのか、近年高知県に来る台風は、以前のものに比べるとそよ風程度でしかない。

 小学生の時、台風で臨時休校になるのが楽しみだった。不謹慎だろうが、私だけではなく当時の小学生はほとんどそう思っていたはずだ。ドーンと身体中に当たる湿気を帯びた風の塊を感じながらの下校は、なんだかワクワクした。暗いとも明るいともつかぬ妙な空の色を眺めてはドキドキしたものだ。家では昼間から雨戸を閉め、部屋の中は薄暗い。つけっぱなしのテレビは、ヘルメットを被って声を張り上げるアナウンサーの台風中継ばかりやっている。

 雨風が強くなってくると、家全体がきしむ。ドンと突き上げるような大風で家が揺れるたび、歓声をあげた。滝のような豪雨が屋根を叩きつける頃には、「ちょっと様子を見に行ってくる」というお決まりのフレーズが出てくる。出て行ったきり帰って来ない人もいるので、くれぐれも様子は見に行かないように!

 夜になると、「F入川の堤防が決壊するかもしれん」「そろそろ避難の準備を」などという大人達の会話を聞き、興奮度はMAXに。そうこうしているうちに停電が起きたりして、懐中電灯を持ってお風呂に入ったこともあった。ちなみに小学2年の時に用意していた避難バッグの中身は、お気に入りのマンガとお菓子。これでは何の役にも立たないではないか。

 台風が過ぎ去った翌朝。吹き返しの風はまだ強いけれど、空は何事も無かったかのような見事な青空だ。道路のあちこちに木の枝や葉っぱが散らばっている。中には何十メートルも飛ばされたトタンなんかもあって、風の強さを物語っている。高知県に大きな台風が来なくなって久しい。けれど子どもの頃体験した災害の記憶は、身体の奥底にしっかりと刻まれている。



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